第十八篇 願いの果て
著者:shauna
作戦内容の説明は30分ほどで終わった。
その内容とは、細かいことには一切触れず、ただ約30分間シュピアとその仲間の注意を引き付けるだけ。
それがサーラ達3人に与えられた仕事だった。
だが、シンプルな分、危険もかなり大きいとシルフィリアは言った。
おそらくその通りなのだろう。なにせ、実際に負けた本人が言ってるのだから。
「では、以上です。作戦開始は今から5時間後。それまでに各自、休憩と食事、睡眠を取っておくこと。相手は聖杯と聖剣です。気を抜くことのないようにお願いします。」
シルフィリアがそう締めくくると同時にロビンとファルカスは部屋を出て行った。おそらく食事だろう。何しろ12時間以上も飲まず食わずだったのだから。
サーラとシルフィリアも少しだけパンとお粥を口に運んだ。
状況が状況なだけにあまり食は進まなかったが、それでもおいしかった。
その後、一緒に外に出かけ、市民が避難し、もぬけの殻となった店に銀貨を置いてくる形で必要な物資を調達した。
帰ってきて、食器を片づけてからサーラは静かにベッドの上にシルフィリアを座らせる。
「シルフィリアさんは少しジッとしててね。今、包帯交換するから・・・」
誰も廊下に居ないを確認してから病室に鍵を掛けて、カーテンを閉め、一切、外から覗かれることがないようにしてから、サーラはゆっくりとシルフィリアの服を脱がせていく。
「そう言えば、アリエス様のこと、答えてなかったね。」
服を脱がせ終わり、体に巻かれた包帯をゆっくりと解きながらサーラが言う。
「大丈夫だよ。あなたよりも元気なぐらい。ただ、栄養失調がひどいし、脱水症状も出てるからしばらくは安静にしてもらわなくっちゃだけど・・・」
包帯を取って、傷口の様子を見ながらサーラが言葉をつなげた。
すごい・・・もう傷口が塞がり始めている。
「ちょっと胸とか触るけど・・・大丈夫?」
「あっ・・・はい。」
小さな小瓶を開けて薬指で軟膏を取り、それを優しくシルフィリアの体に塗っていく。かなり痛いはずなのに、シルフィリアは一切声を上げなかった。っていうか、それよりも・・・
シルフィリアの肌を触って興奮している女の子サーラってどうなのだろうか?とついつい自問自答してしまう・・・
だって、ふにふにだしすべすべだし、おまけにめちゃめちゃあったかいし・・・
とくに胸のあたりなんか・・・
「ねぇ、サーラ様。」
「うひゃい!!」
いきなり掛けられた声に思わず、体が撥ねてしまった。声も裏返ってたし、もしかして変な想像してたのがバレた!!?
「傷・・・痕が残りますか・・・?」
ああ・・・なるほど・・・確かに女の子ならそれは気になって仕方のないことだろう。
「大丈夫。細胞がほとんど傷つけられてないから、跡形もなく消えるよ・・・。」
「そうですか・・・よかった・・・。」
安心しきったような甘えるような表情に、軟膏を塗りながらサーラが問う。
「アリエス様のため?」
「・・・さあ・・・どうなんでしょう・・・」
図星を突かれて、もっと焦るかと思っていたのに存外静かだったシルフィリアの言葉に少しがっかりしてしまう。
「この後、アリエス様の病室に案内していただけますか?」
「あ・・・うん・・・」
・・・・・・
「・・・ねぇ・・・」
短い沈黙を破って先に話し出したのはサーラだった。
「アリエス様って・・・あなたにとってどんな存在なの?」
「はい?」
その質問にシルフィリアは戸惑いを隠せない。
まるで時間が止まったような空気にあわててサーラが修正を入れた。
「ああ!!うん!!!違うの!!!」
一息を入れ、シルフィリアの飲み残した水を一気に飲んでから、少し落ち込んだように語り出す。
「正直・・・不安なの・・・」
「不安・・・ですか?」
「・・・私・・・ファルのこと裏切っちゃったから。」
言っているのは当然あのことだ。
くだらないことでファルと喧嘩して、あと一歩でお互いを殺してしまうかもしれない状況にまでなってしまって・・・
確かにあの時は自分の気持ちに気が付いてくれないファルが悪いと思ったし、一度しっかり決着をつけるのも一つの手かと思ったけど、今考えるととてつもなく怖い。魔法戦闘とはそういうもの。相手を殺めてしまう可能性と絶えず隣り合わせ。そんなことわかりきっていたはずなのに・・・
だから、不謹慎とわかりきった上で・・・こんな状況なのに問うているのだ。
気になったらその場で解決する。いつもなら我慢して飲み込んでしまうが、これだけははっきりさせておきたかった。
「教えて・・・あなたは何で・・・アリエス様をそんなに信頼していられるの?」
その問いかけに対し、シルフィリアはしばし黙ったままだった。
どう言ったらいいのかわからないのかもしれない。
それはそうだろう。信頼なんて目に見えないものをどうやって表現しようというのか・・・
サーラが諦めかけたその時・・・
シルフィリアが静かに目を閉じ、緩やかな口調で語り出した。
「・・・・・・昔々・・・あるところに一人の女の子がいました。」
サーラは食い入るように話に聞き入る。
「大切なモノをすべて失ったその子は・・・ただただ戦うことで・・・命令されたことを実行するだけの人形になることで・・・その悲しみを紛らせようとしました・・・。そのために、ただただ、殺し、ただただ殺戮し・・・身に降りかかる火の粉は払い・・・ただただわけもわからぬまま出された命令を実行し、家に帰る毎日・・・そんな毎日を繰り返している内に、少女は敵だけでなく、味方からも恐れられる闇の英雄“幻影の白孔雀”と呼ばれるようになりました。」
・・・・・・
「しかし、そんなある日、少女は一人の男の子と出会うこととなりました。い・・・とある秘密を持ったその男の子は、とても変わり者な男の子でした。戦争という状況下において、人殺しが罪であることを強く訴え、決して人を殺めない・・・そんな彼を人は落ち零れと呼んでいました。」
・・・・・・
「その話を聞いた女の子も落ち零れという意見には賛成でした。戦争でそんな甘い言葉は通用しない。それが、当時の常識だったからです。しかし、戦ってみるとどうでしょう。男の子の剣術は鮮やかで変幻自在。数回と剣を交えていくうちに、女の子は男の子のことが少しずつ気にかかり始めました。
そして、ある日・・・女の子はわずかな隙を突かれ、男の子に負けてしまいました。捕えられ、投獄された女の子はただただ洗いざらいの情報を聞き出すための拷問とその後の処刑を待つばかりとなりました。
しかし・・・そんな女の子を牢獄から助け出したのは、他でもないその男の子でした。
大きな事故のどさくさに紛れ、男の子は女の子を逃がしてあげたのです。
『君だって戦争の被害者だ。』
女の子を逃がす前、男の子はそう呟きました。
その後、女の子は自分の国に帰るのですが、戦いに負け、敵に捕まった“英雄”など軍は求めていませんでした。
とある秘密を隠す目的も重なって、軍は女の子を騙して、殺すことにしました。それを殺される直前で知った女の子は逃げ出しました。ただただ暗い森の中を、追手から逃げることだけを考えて・・・そして、やっとの思いで逃げ切っても女の子には行くアテなんてありませんでした。どうすることもできず、全てが嫌になった女の子は、やがて世界を憎むようになりました。
心は暗い闇の閉ざされ、血の通わぬ殺人鬼になりかけてしまったのです。
しかし、そんな女の子を助けてくれたのはやっぱりあの男の子でした。暗闇の中にいた女の子を光の世界に連れ戻し、『幸せを教えてあげる』という一言と共に、女の子が幸せになれるように様々な手配をしてくれました。
女の子を離宮に住まわせ、王妃を後継人とし、本来・・・いえ・・・失われていた名前までとりもどしてくれました。
そんな男の子に女の子は何かお礼をしたいと考えました。
しかし、お金も無いし、周りを見回しても何もかも男の子から与えられたモノばかり・・・唯一誇れるものと言えば、綺麗の代名詞とまで言われる王妃様ですら絶賛した自分の体だけ。
そこで、女の子は男の子の前で服を僅かにハダけ、『自分を好きにしてもいい』と言いました。男の子がこういうのが大好きなことは分かっていましたし、スパイ活動をするために仕込まれた知識があるため、これから何をされるのかもしっかりとわかった上での行動でした。
しかし、そんな女の子に男の子は顔を赤面させながら静かに着ていたローブを羽織らせました。
そして、たった一言だけ・・・
『君が本当に俺でいいって思ってくれて・・・その上で、俺が君を一生後悔させないって確信できた時にまたそうしてくれたら嬉しいな・・・』
とだけ言いました。
その一言がトリガーとなり、女の子に今まで思い出の中の家族にすら抱くことの無かった新たな感情が芽生えました。
それは・・・・・・心の底から男の子のことを愛する感情でした。」
その話にしばし、終始無言になる。
微笑みかけるシルフィリア。しかし、サーラは唖然としたままだった。
「さて、問題です。女の子はなんで男の子のことをそこまで信頼できるのでしょう?」
・・・・・・
シルフィリアの問いかけにサーラは答えない。
いや、答える必要すらなかった。
全てを救済してくれた、まるで神の如き、男の子。
そんな人を信頼しないなんて・・・
いや、信頼できないなんて、あろうはずがない。
それが例え、幻影の白孔雀であったろしても・・・人であるなら・・・
「・・・なんか・・・自信なくしちゃうな〜・・・」
少なくとも今の自分たちとは比べものにならないぐらい強い絆を感じてサーラがそう呟く。
それに対し、シルフィリアは・・・
クスクス・・・
笑っていた。
「何がおかしいの?せっかく褒めてるのに・・・」
傷口をカーゼで覆い、包帯を巻きつけながらも、ムッと頬を膨らませながらサーラが言うと、シルフィリアはそっと人差し指で涙を拭いながら謝った。
「すみません・・・でも・・・似てると思いません?」
その一言にサーラはキョトンとし、首をかしげる。
「何が?」
「今の話。今のあなたの状況に・・・」
ハッとした。信頼しているパートナーが敵。
状況は違えど、今の自分とシルフィリアの状況は何ら変わりない。
何も変わらない・・・
だけど、決定的に違う。
自分とファルカスは、同じ状況でも・・・
信頼し合えなかった・・・
「サーラ様。何か勘違いをしてませんか?」
暗く沈んだ顔をするサーラにシルフィリアが問いかける。
「重要なのはおかれた状況が同じなことではありません。重要なのはこれからどうするかです。」
「これから・・・どうするか?」
シルフィリアが静かに頷く。
「その昔・・・とあるパーティーが開かれました。それはとある将校の表彰式で、豪華な式場に大勢の出席者。何もかもが素晴らしいパーティーでした。唯一、最後にその有名人が躓いた拍子に貰った勲章を湖に落としてしまったこと以外は・・・」
うわ〜・・・むごい・・・
「以来、話題がそのパーティーのことになると、人はみんな最後の失敗だけを思い出すそうです。勲章を落としてしまった将校は酷く嘆きました。最後以外は99%上手くいっていたパーティーの楽しい思い出、幸せな思い出は全て忘れて・・・」
・・・・・・
「不思議なものでしょう。嬉しいことや幸せなことにはすぐ慣れてしまうのに。嫌なことはものすごい重みに感じてしまう。多分、人とは、自分自身で、嫌な事を何倍にも重くしてしまう生き物なんですよ。」
・・・・・・・・・
「先ほども言いましたが、重要なのはこれからです。良いことも悪いことも・・・それが当たり前にならぬよう、しっかりと受け止めていくことが大切です。」
重要なのは、強い意志と覚悟・・・
「私だって、そうです。もちろんアリエス様のことは大好きでしたが、一緒に暮らしていく中で、彼の意外な一面が見られて・・・それで、もっともっと好きになって・・・信頼って、そういう上に成り立って行くモノだと思いますよ?」
その言葉に何かを掴みとれた気がした。
言葉では言いにくいし、あまりにも漠然としすぎているが、なんとなく、何かを理解できた気がする。
「これ以上は・・・言う必要はなさそうですね。」
包帯の端をキュッと縛り、サーラは静かに頷いた。
「うん・・・ありがとう。」
「でも、その為には、まずシュピアに勝たなくてはなりません。」
「うん。」
「勝ちましょうね。」
「うん。私にできることなら何でも言ってね。」
「では、早速ひとつよろしいですか?」
その一言にサーラが目を輝かせる。
「うん!!なんでも言って!!!」
「そろそろ・・・アリエス様の病室に案内してもらってもよろしいでしょうか?」
・・・・・・
時計を見てみると、先程、シルフィリアがアリエスの所に連れて行って欲しいと言ってから既に30分が経っていた。
よって、シルフィリアが放ったその一言に、サーラは顔から火が出るほどに恥ずかしく、そして焦りまることとなった。
「ここです!!!」
ものすごく慌てて少し小走りになっていたサーラに病室まで案内してもらい、病室の前へ立つと、サーラはそそくさとどこかへ立ち去ってしまった。
まったく、気が利く・・・
静かに深呼吸してドアノブに手を掛ける。
そして、ゆっくりと、スライドさせた。
少し躊躇った後に足を中へと進ませる。
それは自分が寝ていたのと同じ、質素は部屋で、本当に真っ白な部屋にベッドだけが置かれているという感じの部屋だった。ベッドの周りにはカーテンが敷かれ、中の様子を垣間見ることはできない。
窓枠の所ではセイミーが猫の姿のまま深紅の衣に包まって眠っていた。
それに静かに微笑みかけ、再びカーテンの元へと近づいて行く。
そして、再びしばし躊躇った後、ゆっくりとカーテンに手を掛けた。
「・・・サーラ・・・シルフィリアはどう・・・」
サーラが聞いたら間違いなく頭を抱えて「まったく、こいつらは揃いも揃って・・・」的な発言をしそうな台詞を吐きつつ、カーテンを引いた人物を見て、アリエスが絶句する。
「・・・・・・・・・シル・・・」
フィーの言葉を吐こうとした時、アリエスはさらに息を詰まらせることになる。勝手に女の子についていったわけだし、当然怒鳴られると思ったわけだが、実際には怒声が響くことはなく・・・
「えっ・・・」
ただ、静かに涙を零していた。
「・・・アリエス様・・・」
シルフィリアは驚く程小さな声で、そう呟いた後・・・
「アリエス様―!!!!」
大粒の涙を零しながら大声を上げて、アリエス目掛けて飛び込んだ!!!
「ちょ!!!シルフィー!!!」
アリエスの胸に顔をうずめて、しばらく泣いて、その後、アリエスの頬に手を添え、
「大丈夫ですか!!?どこか痛いところは!!!?」
「いや・・・大丈夫・・・さっき注射打って貰ったからすごく気持ちくって、いい気分だよ。何だっけ?モルヒネ?」
「大丈夫でしたか!?酷いことされませんでしたか!!?」
そのシルフィリアの言葉にアリエスは心底驚く。
「・・・あの・・・お咎めは?」
アリエスの言葉に対し、シルフィリアは・・・
「そんなのどうでもいいです!!!!」
一度顔を離して大声でそう宣言し、今度は胸でなく、直接首に手を回してアリエスに抱きついた。
「よかった・・・無事で・・・」
咽び泣く声が聞こえる。アリエスもそっと彼女を抱き返した。そして・・・
「ごめんね・・・本当にごめんね・・・」
今はそれしか言うことが出来なかった。
暫くしてシルフィリアが落ち着いてから、アリエスは全てを話した。何故、拉致されたのか・・・なぜ剣聖まで言われる自分があんなに容易く捕まったのか・・・恥も外聞も捨てて、すべてをありのままに・・・言い訳せずに伝えた。それが、ここまでしてくれたシルフィリアへの礼儀だと思ったから。
一方のシルフィリアは、現在の状況を伝える。聖杯、エクスカリバー、自分の魔法制限と魔力制限・・・そして、今後の作戦。
それをアリエスは怒るでも否定するでもなく、ただ淡々と聞いてくれた。
そして、時はあっという間に過ぎていった。
時計を見れば、すでに作戦開始の15分前。そろそろ行かねばマズい。
「アリエス様・・・一つ、お願いを聞いて頂いていいですか?」
シルフィリアがそう言うと、アリエスは静かにベッドのサイドチェストを指差す。シルフィリアは言われるがままに開けて・・・ハァ〜と口元を綻ばせながらため息をついた。
「・・・それだろ?」
アリエスの言葉にシルフィリアが頷く。
以心伝心というかなんというか・・・流石アリエス・・・自分のことをよく分かっている。チェストの引出しの中のモノをそっと懐に入れ、シルフィリアは部屋を後にしようとする。
「ねぇ・・・俺の頼みも聞いてくれない?」
アリエスの言葉に今度はシルフィリアが言い返す。
「ベッドの下に置いておきましたよ。」
それに今度はアリエスが呆れたように笑った。
おそらく、心中は自分と同じだろうとシルフィリアも笑う。
そして、部屋を出ようとノブに手をかけ・・・
「ねぇ・・・アリエス様・・・」
少し躊躇った後に言葉を放つ。
「ん?」
「・・・必ず一緒に帰りましょうね・・・レウルーラに・・・」
「・・・・・・セイミーも一緒に・・・な・・・」
そう言って2人は微笑み合い、
「行ってきます。」
「ああ・・・」
ベッドの上で微笑むアリエスに背を向け、シルフィリアは服を翻し、静かに病室を後にした。
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